マック鈴木、16歳で国外追放の過去告白「テレビで話すのは初めて」

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1: 名無しさん 2024/10/29(火) 18:23:57.63 ID:yYLr2pTC0NIKU

マック鈴木、16歳で国外追放の過去告白「テレビで話すのは初めて」 まるで映画な人生にスタジオ騒然

 MLBでも活躍した元プロ野球選手・マック鈴木が、25日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(毎月第4金曜 深0:50※一部地域を除く)に出演した。“16歳で国外追放されちゃったしくじリーガー先生”として授業を行った。

 “マック鈴木”こと本名・鈴木誠は、16歳で渡米しシアトル・マリナーズと契約。日本のプロ野球を経験することなく、MLBの世界に飛び込んだ第一号の選手として知られる。しかし登場早々、「16歳のとき、ヤンチャが原因で国外追放になった」と爆弾発言を繰り出し、片岡安祐美は口をあんぐり。伊集院光も「オレって野球くわしい立場でよばれているけど…これ、オレらも知らないこと!」と動揺する。鈴木も「こんなところ(=テレビ)で話すのは初めてです」と照れ笑いを浮かべながら授業をスタートした。

 鈴木は子どもの頃から野球がうまく、地元では強豪校から誘いがくるような“野球エリート”だったが、「野球をやりながらヤンチャをしてましたね」と振り返るほど素行は不良で、高校1年の冬に他校の生徒と喧嘩。それが原因で自主退学することとなり、大学進学やプロ野球入りの話は一切立ち消えとなったと回顧。「高校退学後も、2度ほどポリス(警察)のほうでお世話になって…」という過去も明かした。

 するとあきれた父親から「アメリカとドミニカ、どちらに行くか選べ」と提案され、とりあえずアメリカ行きを選択。「ヤンチャや素行不良で親戚やお寺に預けられたりする話はよく聞くけど、僕の場合はアメリカに預けられた(笑)」と、16歳で単身アメリカへと旅立つことに。

 到着したあとは、逃げ出さないよう「父親の知り合いの知り合いの知り合い」という人物にパスポートを取り上げられた上、何もわからないまま、ある場所に連れていかれたと告白。その場所こそ、のちに敏腕代理人として活躍する団野村氏がオーナーを務めるマイナーリーグ1Aのチーム“サリナス・スパーズ”。父親がボーイズリーグの監督のツテをたどって紹介してもらった職場で、マック先生はその“球団職員”として働くことになったと明かす。

 とはいえ、英語もできずデスクワークも難しいため、任された仕事は掃除、洗濯、球拾い、バッティングピッチャーなど雑用中心で1日17~18時間業務。寮はあったもののほとんど球場に寝泊まりする日々で、給料は月給わずか300ドル、選手の食べ残しを探して腹を満たすこともあったという厳しい日々を送った。

 ところが、球団職員として勤務し5ヶ月が経ったころ、大きな転機が訪れた。突然、チームオーナーの団野村氏から「リーグ最終戦で投げてみろ!」と言われ、選手としてチームに所属することになった。洗濯係から選手へと一気にチャンスをつかんだドラマチックな展開に、教室からは「そのストーリー、すごいっすわ!」「漫画か映画みたい!」「こんなことあるの?」「絶対、映画にしたほうがいい!」などと驚きの声が上がった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1842ae2bee9c05e8e29cdb0265aaf61d7632ccc1


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プロ野球は「慶應式」アマ野球は「早稲田式」いったい何の話かわかる?

1: 征夷大将軍 ★ 2024/10/28(月) 10:12:13.82 ID:n6IzJWj79
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日本野球の公式記録は次第に整備され、1925年の「東京六大学」の創設と共に、ほぼ現在の形になった。しかし今に至るも、日本には「早稲田式」「慶應式」の2つのスコア記入法が併存している。大部分のアマチュア野球、独立リーグでは「早稲田式」でスコアブックを作成しているが、NPBは「慶應式」だ。Wikipedia(2024年5月時点)によれば95%が「早稲田式」、5%が「慶應式」とのこと。   早稲田式は、スコアブックの1つ1つのマスに印刷されたダイヤモンドに走者の動きを書いていくので、試合の流れは分かりやすいが、例えば投手がゴロを捕って一塁ベースに入った二塁手に送球する際など1-4と記すだけで、二塁手が一塁に入ったことは記録できない。


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元テレ東アナ、公園の「球技禁止」の看板に「せつない…家の中でゲームしかしないのか」共存できる公共の場を望む

1: 名無しさん 2024/10/28(月) 17:50:55.69 ID:0cA7W6P69

公園の「球技禁止」看板がせつない… アナウンサー「家の中でゲームしかしないのかな」

 元テレビ東京アナウンサーの芽原ますみさんが、「球技禁止」の看板が立てられた公園について、「いつ見ても少し寂しくなります」などとブログで思いをつづった。

 茅原さんは2024年10月25日、「せつない看板」と題したブログで、「野球・サッカー キャッチボール等球技禁止」と注意書きされた公園の看板の写真を公開。「公園は色々な方が使いますが やはりこどもたちの公共の場が減っている中では そうか ボールを使って遊んではいけないんだということは いつ見ても少し寂しくなります」と吐露した。

 続けて、「そして 家の中でゲームしかしないのかな」と外の遊び場を失いつつある子どもたちに思いを巡らせる。「そして お金のあるご家族はどこか遠くまでボール遊びをするためだけに子どもを連れて行くのかな」ともつづった。

 茅原さんは、「なにかもっと共存できる公共の場 ないのだろうか 大きいものをドーンではなくて 地域密着型の場所があるといいのにな」とアイデアを記しつつ、「それは遠い日の夢 それは遠い日の理想? それはもう無理なのかもしれないと思うと またせつない」ともコメントし、「昭和人のひとりごと」とブログを締めた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ac8f74e5e882915bba26eafe05d48662e9ab13f5

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