1: THE FURYφ ★ 2024/01/26(金) 15:37:05.24 ID:G9clrtCw9


◇26日 第96回センバツ高校野球大会選考委員会(大阪) 出場校を決める選考委員会が大阪市内で行われ、戦力以外の特色を加味した21世紀枠に別海(北海道)と田辺(和歌山)の2校が選ばれた。同枠は前回大会より1枠減で、全国9地区の候補校から選ばれた。 一般選考では30校が選考される。大会は3月18日に甲子園球場で開幕する。





なぜ「野球部員=丸刈り」になったのか…無意味で不合理なことが高校野球のシンボルになったワケ
なぜ日本では「野球部員=丸刈り」になったのか。高知大学の中村哲也准教授は「戦後大人気だった六大学野球で、野球部員の丸刈りが主流になったことが大きい。そこから野球部員は丸刈りというイメージが定着していった」という――。
いつから野球部員は丸刈りが当たり前になったのか
「丸刈り」が野球部員を象徴する髪型となるのも戦後のことであった。
江戸後期には、庶民も髷を結うことが一般的であったが、1874年に初めて日本にバリカンが輸入され、その後国産化されると、子どもの髪型は「丸刈り、一分刈りのような短い髪にバリカン刈りすることが普通」になっていった(1)。「頭髪は丸刈りとなすべし」と校則で明文化していた中学校もあったが、戦前期に校則で「髪型を指定するところは少数」だったようだ(2)。
戦前期の中等学校では、男子生徒の髪型として丸刈りが一般的だったこともあって、野球部員の髪型もほとんどが丸刈りであった。
1901年の愛媛師範、1924年の高松商、春3回(1926)の個人賞受賞選手、1930年の第一神港商など、戦前期の中等学校の野球部員はほとんど全員が丸刈りか、それに近い短髪であった。野球部員の丸刈りは戦後も続き、1950年代以降も大会時に撮影された高校野球部員の頭髪を見ると、ほとんど全員が丸刈りであった。
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https://president.jp/articles/-/77213?page=1
