シドー←モンスターズでもいつも魔王より格下扱い
デスピサロ←クスリ頼り
ミルドラース←やってること小物
デスタムーア←笑いながら倒される雑魚
オルゴミーラ←元キーファ
ラプソーン←デブ
エルギオス←堕天使
デスピサロ←クスリ頼り
ミルドラース←やってること小物
デスタムーア←笑いながら倒される雑魚
オルゴミーラ←元キーファ
ラプソーン←デブ
エルギオス←堕天使
ねとらぼでは、アンケートサイト「ボイスノート」の協力のもと、全国の50代を対象に「自分のひいき球団の本拠地になってほしい12球団本拠地球場」というテーマでアンケートを実施しました。
全国の50代から「ひいき球団の本拠地になってほしい」と票を集めた球場はどこなのでしょうか。それでは、ランキングを見ていきましょう!
調査概要
アンケート実施日 2024年5月16日
調査対象 全国の50代の男女
有効回答数 232票
第2位:阪神甲子園球場
第2位は同率で2つの球場が選ばれました。1つ目は「阪神甲子園球場」でした。阪神タイガースの本拠地球場として知られる阪神甲子園球場。「甲子園」というと、春夏に行われる高校野球の試合会場をイメージする人も多いのではないでしょうか。そんな同球場は、内野2万8397人、外野1万9003人の計4万7400人を収容可能です。
また、球場グルメも豊富にそろい、「播州百日鶏」など、兵庫県の名産を使用したグルメもあります。そのほか、「監督・選手コラボグルメ」といった個性的なメニューがあるのも魅力です。
第2位:エスコンフィールドHOKKAIDO
もう一つの第2位は「エスコンフィールドHOKKAIDO」でした。「北海道日本ハムファイターズ」の本拠地球場で、2023年に北海道北広島市にオープンしたばかり。選手のプレーを間近に見られる客席やスイートルーム、さらに球場内には温泉もあります。
また、シートの座りやすさも追求し、多くの座席座面にクッションもしくはパット付きのモデルを採用しています。
第1位:東京ドーム
東京ドームは、2022年のオープン戦前には過去最大規模となるリニューアルを実施。メインビジョンとリボンビジョンを新設し、迫力と臨場感のある観戦ができるように。また、観客席、スイートエリアもフルリニューアルし、より心地よい空間となりました。
調査結果
順位 球場名 割合
1 東京ドーム 16.4%
2 エスコンフィールドHOKKAIDO 14.2%
阪神甲子園球場 14.2%
4 みずほPayPayドーム 11.6%
5 京セラドーム大阪 6.9%
明治神宮野球場 6.9%
7 横浜スタジアム 6.5%
8 バンテリンドーム ナゴヤ 6.0%
9 MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 5.6%
10 楽天モバイルパーク宮城 5.2%
11 ZOZOマリンスタジアム 4.3%
12 ベルーナドーム
スポーツの世界において、勝敗は最も重要視されるものです。ですがプロスポーツの世界では、単純に勝敗だけで評価されるわけでもないようです。10月8日放送のCBCラジオ『つボイノリオの聞けば聞くほど』では、今季3年連続最下位となった中日ドラゴンズの、ある記録について、つボイノリオと小高直子アナウンサーが話題にします。
3年連続最下位、だけど…
6日のDeNA戦で今季の全日程を終え、3年連続最下位という結果となった中日ドラゴンズ。
立浪和義監督は今季で辞任することとなり、「皆様には申し訳ない思いをさせてしまい、すみませんでした。まだこのチームは改革の途中です。近い将来、強いドラゴンズを信じています」と、ファンに感謝の挨拶をしています。
勝敗に関しては残念な結果に終わってしまった今期の中日ですが、ある数は史上最高だったそうです。
「このようなドラゴンズの現状の中、今年のホームゲームでの観客動員数は230万人を超え、史上最高となりました」(Aさん)
人気の理由は勝敗によらず?
つボイ「これは毎回この番組でも言ってますが、成績悪いのに何でこんな入るん?という話ですよね」
野球中継を見ていると、ファウルボールやホームランボールを打った時に観客席が画面上に映ることがあります。客席を埋めるその動員数に、驚いたことがある人もいるのではないでしょうか。
小高「勝った負けたとは関係ないところの野球自体の人気や、選手の人気ということなのかな?」
つボイが中日戦の副音声を担当していた落合監督時代は、優勝か日本一か、というほど勝ち進んでいました。
つボイ「でも『今日はそんなに入ってないですねぇ』という日が多かったですよ。おかしなもんやなぁ」
弱り目な時こそ応援したいのがファンの心でしょうか?つボイは「それが立浪監督の力、中日の魅力なのでは」と続けます。
大切なのは勝敗?それとも?
続いて寄せられたのはこんな投稿。
「1977年~1980年に週刊少年雑誌で連載されておりました、江口寿史さんによる野球シーンがほとんどない漫画『すすめ!!パイレーツ』のとある回。若い女性たちによるこんな会話がありました。
『今のプロ野球って、試合の勝敗よりも選手のルックスやパフォーマンスだよね。ビジュアル的に映えたプレイじゃないと、いくら点を取っても意味がないよね』
そう言っていたのが、時の経過とともに『やっぱり勝敗が一番だよね』と変化していきました。ドラゴンズも来期以降は勝ちを一番の目標に、新監督のもと頑張ってほしいです」(Bさん)
小高「人気は勝敗にかかわらずとは言っても、ずっと負け続けていてはそれも続くか分からないですし、やっぱり勝敗にはこだわってほしいなという気持ちはあるでしょうね、皆さん」
つボイ「仏の顔も3度まで、最下位も3年まで、ということですね」
低迷が続いているドラゴンズですが、新体制のもと巻き返しをはかることができるでしょうか?
続きはリンク先
https://news.yahoo.co.jp/articles/33f0f7d81b4c46e138babcf1583326e60b33d586

日本に野球がもたらされたのは1872年。第一番中学(のちの東京大学)で「お雇い外国人」として教鞭をとっていたアメリカ人教師のホーレス・ウィルソン(1843~1927)が、学生たちに手ほどきをしたのが最初とされる。
実は日本サッカーも、1873年にイギリスの海軍軍人だったアーチボルド・ルシアス・ダグラス(1842~1913)が、東京・築地の海軍兵学校で学生にサッカーの手ほどきをしたのが始まりだとされる。日本ではほぼ同時期に、欧米の2つの人気ボールゲームが始まったのだ。
ただ、ウィルソンがもたらしたとされるのは「公式」であり、他のお雇い外国人やアメリカからの来訪者が日本人に野球を教えたという話もいくつか残っている。
この時期、アメリカ野球のルールは毎年のように大きく変動していた。こうしたルール改訂は翌年以降、日本にもたらされ「野球規則」は書き改められた。日本が野球の「宗主国」であるアメリカのルールに準拠する姿勢は以後も続き、最近では2017年「申告敬遠」の制度がアメリカで導入されると、日本でも翌年からプロ、アマで導入された。
こういう形でアメリカに追随してルールをアップデートする慣習が続いているから「日米野球」も「NPBからMLBへの選手の移籍」も可能なのだ。
ホーレス・ウィルソンは英語教師で野球の専門家ではなかったが、自身も試合に出た。当時のボックススコアも残されているので「記録」に関してもある程度の知識を伝えたようだ。しかし、それはごくごく原始的なものだった。
日本最古のスコアカードは1896年5月23日に行われた旧制第一高等学校(一高)対横浜外国人チームの試合のものだ。一高野球部員だった草鹿砥祐吉が記入法を考案したとされる。
■日本野球のスコアブックは「早稲田式」「慶應式」が併存
日本野球の公式記録は次第に整備され、1925年の「東京六大学」の創設と共に、ほぼ現在の形になった。しかし今に至るも、日本には「早稲田式」「慶應式」の2つのスコア記入法が併存している。大部分のアマチュア野球、独立リーグでは「早稲田式」でスコアブックを作成しているが、NPBは「慶應式」だ。Wikipedia(2024年5月時点)によれば95%が「早稲田式」、5%が「慶應式」とのこと。
早稲田式は、スコアブックの1つ1つのマスに印刷されたダイヤモンドに走者の動きを書いていくので、試合の流れは分かりやすいが、例えば投手がゴロを捕って一塁ベースに入った二塁手に送球する際など1-4と記すだけで、二塁手が一塁に入ったことは記録できない。
慶應式の場合、一塁に二塁手が入ったこともABCで記録できる。さらに集計も慶應式の方が容易だ。
では、なぜ早稲田式が慶應式よりも普及したのか?「記録の神様」の1人、宇佐美徹也(1933~2009)は、初期の日本野球でスコアをつけ始めたのが新聞記者で、明治、大正期の新聞記者には早稲田大学出身者が多かったことが原因ではないかと推測している。
東京六大学が発足した1925年以降、リーグ戦では各大学から派遣された公式記録員がスコアをつけているが、これも早稲田式となった。ただし慶應義塾大だけは今も慶應式のスコアをつけている。
また、1915年に始まった中等学校野球大会(高校野球の前身)では、朝日新聞、毎日新聞の新聞記者が公式記録をつけて、H(安打)、E(エラー)などの判定もしている。こうした記者も「早稲田式」でスコアをつけている。
■プロ野球だけが慶應式を採用している「ねじれ状態」
こういう経緯で「早稲田式」が、日本野球に普及した。今ではBFJ(全日本野球協会)に加盟するアマチュア野球団体と独立リーグは「早稲田式」のスコアをつけているが、プロ野球だけは後述する理由で草創期の1936年から「慶應式」を採用して現在に至っている。
アマ球界、独立リーグは「早稲田式」、プロ野球だけが「慶應式」という「ねじれ状態」は、アマチュアのスコアラーからプロの公式記録員への転身の障壁となっている。NPBが公式記録員を募集する際に「経験不問」とするのは、NPBと慶應義塾大以外に「慶應式」でスコアをつけた経験がある人が存在しないためだと思われる。
日本では、本格的な「野球記録」は、1936年に発足した「職業野球」から始まった。リーグを運営する日本野球連盟は2年目の1937年に「公式記録員」を雇用した。MLBが長く公式記録の作成、集計を新聞記者に委託していたのとは対照的に、日本のプロ野球は発足直後から公式記録を自前で作成し、管理していたのだ。
※以降出典先にて